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11月2日、飯田橋しごとセンターで「双葉町の人々の2年7か月を知る11.2集会」を開催しました。これは9月28日に行なった「~東電は福島に何をしてしまったのか?~ 福島の”いま”を知る9.28集会」に続く「あらためて"福島"の状況を知ろう」という趣旨から開催したものです。参加者は60人。

集会ではまず、堀切さとみさんが12年7月に完成させたドキュメンタリー映画『原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録』を上映。

映画は原発事故直後の雪の中で避難する車の渋滞から、最初の集団避難先であるさいたまスーパーアリーナ、そして埼玉県加須市の旧騎西高校跡で生活する双葉町の人々の姿を映し出す。

「家を失った。自殺したくなる気分だ」、「生まれたところで死にたい。でも出来ないだろう」、「アリーナでの生活は惨めだった。ボランティアの人が来るが上から見下ろされているようで、何とも言えない屈辱だった」などの言葉が続く。

旧騎西高校跡での双葉町の盆踊りや有名な書道家だった町民の方による書道教室などの営み、町民同士の意見の違いの表面化、そして東京の反原発集会での町民の訴えなどが描き出される。「人が人として生きるすべてを事故で失った。国も東電も冷酷だ。しかも当事者意識がない!」

上映のあと、この映画を製作した堀切さとみさんと前双葉町町長の井戸川克隆さんに、東電前アクション!の植松を交えて、双葉町の事故から現在までの状況について、語っていただきました。

(以下、敬称略。文責当BLOG)

44井戸川:今年、ウクライナに行ってきた。9割以上の子どもに異常がある。元気がないように見える。私は町長時代、事故が起きる前から事故が起きたらどうすべきか考えていた。原発なんて危ないに決まっているからだ。

 国の対応は、子どもたちが大切にされていない。子どもが"人生諦めた"などと言う。そんな子がはたして福島を愛せるのか。そういう思いの集団避難は一つのチャレンジだった。最終的には避難措置が町議会に理解されなかった。


堀切:撮影時、双葉町の人たちがよく本音を話してくれたと思う。なんで双葉町ばかり取り上げるのかと聞かれるが、理由は避難先の旧騎西高校が自宅の近くだったからだ。集団避難は、井戸川さんが原発について深く考えてきたから出来たことだと思う。

 3.11前には祝島の映画を撮っている。その時はむしろ賛成派の声が聞けなかった。今回は双葉町の人々と出会った。複雑な思いを聞くことができた。

Q:集団避難について

井戸川:事故直後から長期化が見込まれた。当初は新潟の柏崎への避難を考えたが、断念して埼玉になった。遠くに避難してバラバラになるより、お互いが支え合う環境を作るべきだと思った。国が無策の中で、かなりの程度私の独断でやらざるを得なかった。「なぜ県外に避難したのか?」などとマスコミにくだらない質問をされたが、必要に応じた必要な避難をするだけの話だ。

 外国への避難も考えたが町民はついてこないと思った(会場笑い)。みなさん笑っているが他人事じゃない。3.11事故では運良く4号機が暴走しなかっただけだ。国は無策だ。しかし再稼働を企んでいる。とんでもないし、間違っている。もうすぐ福島第一原発で4号機で、燃料棒の取り出しが始まる。やってみないとわからない、ものすごいシビアで精度が要求される作業になるだろう。みなさんも避難先含めて考えてほしい。災害国に住むみなさんも予習してください。避難所がいいか、仮設住宅がいいか。傍観者ではないのだ。


堀切:遠くに避難させたチェルノブイリと福島は逆のやり方をして住民に「戻ってこい」とばかり言っている。条件は決まっているのだから、住民に選択させるやり方がおかしい。国は「ご自由に」というやり方だ。

 「双葉町の人々はかわいそうな避難民」と考えるのではなく、自分ならどうするかを考えてほしい。当事者意識から始めるしかない。これだけの事故を起こして再稼働や原発輸出など、許されるものではない。


Q:井戸川さんは、どうして堀切さんの映画への協力に至ったか?

井戸川:メディアとは、ビジネスで対応する「企業」だ。私はメディアに警戒感を持っていた。独立系の人々は自分の感覚で撮れる。堀切さんに注文したことはない。だから町民の本音が撮れたのだと思う。

堀切:最初は聞き書きから始めた。3ヶ月くらいしてカメラを回すことができるようになった。「双葉町として記録してこなかった」と井戸川さんに言われた。

Q:県外避難とバッシングについて

井戸川:全体として加須の人々はよく支えてくれているし、バッシングはほとんど聞いていない。

 福島でのほうが「双葉町は原発でいい思いをしてきた」などと言われる。事実は、原発があっても町は倒産寸前だった。私は原発のあるなしで比較検討したことがある。原発がない方がましだという答えになった。

 国には指導力がない。「災害対策本部」があっても、各部署が現場に出てこない。しかも、復興交付金は人に使われていない。国は無策だ。


堀切:今では「加須が第二の故郷でいい」と言う人が結構いる。旧騎西高校は現在90人が生活している。お年寄りが多いが、今はいい共同体に見える。現在、双葉町は、ここの閉鎖を決めている。旧騎西高校なら周囲に人がいるが、アパートの借り上げでは一人暮らしになり老人は「私は孤独死するしかないだろう」と言っている。「災害復興住宅」も今のところ難しいとされている。これは原発事故や立地地域の問題というだけでなく、高齢化社会などの私たちの問題につながる。

Q:先日の自民党の「避難者の全員帰還断念する方向」という報道をどう考えているか?

井戸川:唐突で受け入れられるわけがない。政府・自民党には被ばく量年間1msvを守りなさい、被害者を政府の会議に出席させなさい、と言いたい。「帰還断念」など決めるのは住民でなければならない。それが民主主義だ。私たちは政府にも自民党にも頼んでいない。当事者に語らせろ。

Q:県行政について思うところはあるか?

井戸川:県は放射能の海に県民を置いている。アウシュヴィッツとどれだけ違うと言えるのか。私が県知事なら県民を避難させる。ゼオトライト(一定の放射性物質除去効果があるとされる鉱石)を撒いて稲作なんてさせない。牛肉や米の安全宣言など出しているがダメだ。「風評被害」ではなく実害なんだ。県のやっていることは歴史に残る愚行だ。

Q:最後に

井戸川:旧騎西高校も閉鎖が決められ、避難民に対する「分散作戦」が始まっているのではないか。避難暮しをしていると人間が小さくなる。文句も言わなくなる。国にとっては都合がいい。「復興災害公営住宅」をあっちこっちに作るという考えもあるようだが、失敗するだろうし、さらに分散されることになる。必要なのは「仮の町」だ。「仮の町」を作るのに何兆円もかからない。立派な前例が作れるように、みなさんの手を貸してほしい。

堀切:取材を通じて、避難とは雨風をしのげればいいというものじゃないということがわかった。自立して生活するための手助けがほしい、という声を何度も聞いた。そのために何ができるのか、が問われている。

井戸川:現在、政府が前に出てきて東電を出さない・逃がすやり方をしている。そんなやり方だから福島で中間貯蔵施設を作ると言われても話にならない。「汚染水問題」はいろいろ言われるが、現場は今がマックス・ベストの状態だ。政府が出てきても何もできないだろう。

 除染に関して、国は指針で「国民の責務」などと記している。今回の事故に、たとえば沖縄の人に責任があるのか。こんなことを許してはいけない。東電前会長の勝俣は悠々としているだろう。私は、こういう不条理に怒っている。怒り続けている。

《記録者メモ》
9月28日の集会では「被ばく労働を考えるネットワーク」のなすびさんは、「東電にも政府にも当事者能力も解決能力もない」と語り「現場の人間が現場のことを決める・決められるあり方を模索しなければならない」と語り、今回井戸川さんもまた「政府は勝手に私たちのことを決めるな。当事者に語らせろ」と語っていたことが重なることが印象に残りました。

なによりも人間の誇り・尊厳を奪う原発という存在、そしてこれを許す政治に対して、私たちは「自己決定の民主主義」をどこでも・どこまでも対置して闘うことが求められているように、二度の集会を通じて思いました。


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